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斜陽のパチンコ産業

斜陽のパチンコ産業 -1-

日本のパチンコ売上高とパチンコ営業店舗数推移

止まらないパチンコ離れ
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 上記グラフは、1994年以降14年間の、日本におけるパチンコ売上高(貸玉料。出典:レジャー白書2008)とパチンコ営業店舗数(パチスロ専門店を含む。出典:風営白書、警察白書)を示したものです。
 パチンコ売上高は、1994年に史上初の30兆円台に到達、翌95年には30兆9千億円を記録しましたが、以後、下落傾向となり、2007年には、ピーク時の4分の3となる22兆9千8百億円になっています。特に、2007年は、大規模パチンコチェーン店の破綻や不採算店の閉鎖が相次ぎ、06年から07年までの1年間で、急激に4兆5千億円近くもの売上高を減らしています。
 パチンコ営業店舗数も、1960年代以後でピークとなった95年(1万7,631店舗)から下落傾向となり、07年には、95年の4分の3近くの1万3,585店舗に減っています。
 しかも、このパチンコ営業店舗数については、次のような指摘があります。綜合ユニコム刊行のパチンコ産業年鑑2008の中で、帝国データバンク情報部の早川輝之氏は、「警察庁生活環境課が毎年公表しているパチンコ営業店舗数は、都道府県公安委員会における営業許可数を示しており、休業・開業準備中の店舗も含まれるため、通常営業している店舗はさらに少ない。2007年末時点では、1万1,000店舗台にまで減ったとみる向きもある。」と述べています。
 上記グラフのパチンコ営業店舗数では、06年から07年までの1年間で、1,089店舗減っていますが、このペースでいくと、日本で実際に営業されているパチンコ店舗数の1万店割れは、現実的となってきています。

パチンコ人口推移

 そして、右のグラフは、日本のパチンコに参加した人の数推移(出典:レジャー白書2008)を表しています。
 パチンコ人口は、1970年代後半から90年代前半にかけ、3千万人前後を維持してきましたが、2007年には、その半分の1,450万人となっています。パチンコ人口・店舗・売上が減っている原因は何でしょうか。
 まず、パチンコ人口が減っている原因として、パチンコ店は、パチンコ機かパチスロ機のほぼ2種類の遊技機しかなく、マンネリ化しているという事に加え、いまだに換金所が店外に設置され、利用者は人目をはばかる様に換金しなければならない等、パチンコ店=「グレーな危うさ」が付きまとう事が挙げられます。日本の法律では、パチンコ店の換金行為を認めていないにもかかわらず、第二次大戦後、我が国でパチンコ産業が60年以上も存続してきた事が、むしろ異常と言えます。
 日本の法律に反し、事実上、パチンコ店主導で勝手に換金行為をしており、これを警察が黙認しているため、我が国のパチンコ業界と警察に、超法規的特権を与える結果と
なっています。パチンコ業界内での特権的感覚は、数多の不正という暴走を生む事につながっていますが、この件は、3ページ目の「パチンコ業界をコントロールする警察」で詳述します。
 1980年代中頃から、フィーバー機やパチスロ機が日本のパチンコ店に普及すると、
ギャンブル性を高めるための遊技機不正改造も増えていきました。パチンコ業界内の不正は、現在では多様化・ハイテク化しており、こうした「グレーな危うさ」が、業界の信用を低下させています。パチンコ店内での直接換金を認めるパチンコ業法を我が国で成立させれば、パチンコ業界内の不正がなくなるという簡単なものではない様です。
 パチンコ人口が減ってくると、当然、パチンコ店舗・売上も減ってきます。店舗・売上減少に拍車をかけているのが、金融機関の融資見直しです。
 パチンコ業界は不況時でも成長すると言われ続けましたが、アメリカ同時多発テロ翌年の2002年以降、日本の景気が回復してきているにもかかわらず、パチンコ店舗・売上は減少が止まりません。いつまで経っても自浄能力のないパチンコ業界に対する国民の不信は、パチンコ規制のための法改正(2004年の遊技機の認定及び型式の検定等に関する規則改正、いわゆるパチスロ5号機改正。2006年の風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律改正。)という、パチンコ緊縮政策に解決を求めてきているのです。
 パチンコ産業の先細り予測により、我が国の金融機関は、同産業に対し、積極融資から厳しい審査を必要とする融資へと転換してきています。
 パチンコ規制の先は何が見えてくるのでしょうか。次ページでは、日本と酷似していた韓国パチンコ禁止の背景を見てみます。
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